不思議の国のアリス

以下は本商品のサンプルです。






不思議の国のアリス



著者:ルイス・キャロル

挿絵:ジョン・テニエル

ponomakarera訳








ギラギラお日様昼下がり
 ゆるりゆるりと滑りゆく
オールを漕ぐ、その腕は
 かわいらしくもつたない技量
小さなお手てが漂いを
 導こうと、みぎひだり


ああ、残酷な三人よ!こんな時間に、
 こんな夢見心地な天気のもとで、
ちっちゃな羽さえそよがない、
 弱い息のお話をせがむなんて!
それでもこの哀れな一人の声が
 三人の舌に勝てましょうか?


高圧的な姉さんは
 「はじめなさい」ときつい口調
優しい声の次女もまた
 「おかしなものを」とおねだりすれば
三女は話を遮ること
 一分に一度とは言わずとも


やがて突然の沈黙が勝利し
 彼女達は夢の中
もの珍しい不思議の国を
 巡り歩く不思議な子
鳥や獣と親しく語る
 嘘か真か、本当の話


そしていつものことながら
 話はしぼみ、夢の井戸はカラカラ
疲れた作者は話をそらす
 「つづきは今度――」「いまが今度よ!」
うれしげに叫ぶ皆の声


かくして不思議の国のお話は
 ゆっくり、じっくり、育てられ
奇妙な出来事盛りだくさん
 やっと話は終わりました
みんな楽しく家帰ろう
 夕日の下を舟漕いで


アリス! おとぎ話を受け取って
 優しいその手で置いてきて
子供の頃の夢が集う
 記憶で巻かれた輪の中へ
はるか異国でつみとられ
 今はしおれた巡礼達の花輪のように




目次
不思議の国のアリス
第一章 ウサギの穴に落ちる
第二章 涙の池
第三章 コーカス・レースと長いお話
第四章 ウサギ、小さなビルを送りこむ
第五章 イモムシの忠告
第六章 ブタとコショウ
第七章 気違いお茶会
第八章 女王様のクローケー・グラウンド
第九章 にせウミガメのお話
第十章 ロブスターのカドリール
第十一章 誰がタルトを盗んだの?
第十二章 アリスの証言
訳者あとがき




第一章 ウサギの穴に落ちる


 アリスは土手の上でお姉さんの側に座り、何にもすることがないのでとても退屈しはじめていました。一、二度、お姉さんの読んでいる本を覗いてみたけれど、そこには絵もなければ会話もありません。「一体何の役に立つのかしら」アリスは考えました。「絵もなければ会話もないなんて」
 そこで彼女は頭の中である事を思い浮かべました(その日は暑い日で、とても眠くて頭がぼんやりとしてて、思い浮かべるのに苦労しましたが)、ヒナギクで首飾りを作れば楽しいだろうけど、わざわざ立ち上がってヒナギクを摘むほどのことはあるかしら、とそのときピンクの目をした一匹の白ウサギが、すぐそばを走って行きました。
 それは特に驚くべき事ではなかったし、ウサギが、「どうしよう!、どうしよう!、遅れちゃうよ!」と独り言をつぶやいても、アリスはそれほど不思議な事だとは思いませんでした(あとになって不思議に思うべき事だったわと彼女は考えたのですが、その時にはそれが自然な事のように思えたのです)。でも、そのウサギが、なんとチョッキのポケットから時計を取り出し、時間を確認して、また慌てて駆け出したのを見た時にはさすがのアリスも思わず立ち上がりました。チョッキを着ていたり、ポケットから時計を取りだしたりするウサギは、今まで見たことがないのに気がついたからです。そのウサギに興味を持った彼女は、ウサギの後を追いかけて野原を駆けて行き、生垣の下にある大きなウサギ穴にウサギがぴょんと飛び込むところを見つけました。
 とっさに後を追うようにアリスはその穴に飛び込みました。それもどうやってそこから外に出ようかなんて、これっぽっちも考えていませんでした。
 ウサギ穴はしばらくの間トンネルのようにまっすぐと続いていましたが、突然ガクンと下り坂になっていて、あまりにも突然だったのでアリスは止まろうと考える暇もなく、気がつけばとても深い井戸のようなところを落っこちていきました。
 井戸がとても深いのか、あるいは彼女がゆっくりと落ちているのか、そのどちらかなのでしょう、落っこちている間、彼女は周りを見たり、次は何が起こるのかしらと考える時間がたくさんあったからです。まず下を眺めてどこに向かうのか確かめようとしましたが、暗くて何も見えません。つぎに井戸の周りを眺めてみると、食器棚や本棚がいっぱいありました。ところどころに地図や絵が釘に掛かっています。彼女は通りがかりに棚の一つからビンを取りました。『オレンジ・マーマレード』というラベルが貼ってありましたが、空っぽだったので彼女はとてもがっかりしてしまいました。彼女はビンを落とすと下にいる誰かを殺しちゃうかもしれないと、それを捨てるのを躊躇いました。そこで井戸を落っこちながらなんとか食器棚の一つにビンを入れました。
 「そうだ!」アリスは心の中で思いました。「これだけ落っこちているのだから、もう階段から転げ落ちても平気なはずよ!、家ではみんながわたしの事をとても勇敢な子だと思うに違いないわ!、おうちのてっぺんから落っこちたって何も動じたりしないんだから!」(それは確かにそのとおり)
 下へ、下へ、下へ。一体どこまで落ちていくのでしょうか? 「何キロぐらい落ちているのかしら」彼女は声に出して言いました。「もう地球の中心あたりに来ているはずよ。えーっと、そうなると6400キロ落ちたことになるわね」(えっとですね、アリスは学校の授業でこのような事をいくつか習っていたんです。ここには誰もいないもんだから、ちょうど習った知識を聞かせようにも誰も聞いてくれず、あまり都合が良くなかったのだけど、声に出して確認する事はいいお勉強にはなるだろうと彼女は考えました)
 「うん、きっとそのぐらいの距離だわ。でも、緯度や経度はどのあたりになるのかしら?」(アリスは緯度や経度についてはさっぱり意味がわかっていませんでしたが、でも口に出すのは何となく知的だと思いました)
 さらに彼女は喋り続けました。「このまま落っこちちゃうと、わたし地球を突き抜けちゃうかも!。頭を下にして歩いている人達の中へ飛び出したら、すごくおかしく見えるでしょうね!確か、無重力っていうんだっけ」(このとき彼女は話を聞いてくれる人が誰もいなくてホッとしました。どうも言葉の使い方がおかしいような気がしたからです)「でもその国の名前を人に聞かなければいけないわね。あの、奥様、ここはニュージーランドでしょうか、それともオーストラリアでしょうか?」(アリスは喋りながらお辞儀をしようとしました――空中を落っこちながらお辞儀!、考えてみてください、あなたならできると思います?)「きっとその人、私の事をなんて無知な女の子だろうと思うに決まっている!。ダメダメ、そんなことを聞いちゃ絶対にダメ。たぶんどこかに書いてあるのが見つかるかもしれない」
 下へ、下へ、下へ。他に何もすることがないので、アリスはまた喋りはじめました。「今夜は私がいないからダイナはとても寂しがるでしょうね!」(ダイナというのは猫のことです)「お茶の時に家の誰かが忘れずにダイナのお皿にミルクを入れてくれるといいのだけど。かわいいダイナ!あんたもわたしと一緒に来ればよかったのに!、空中にネズミはいないみたいだけど、コウモリなら捕まえられるかもしれないわ、コウモリってネズミによく似ているのよ。でも、猫ってコウモリを食べるのかしら?」やがてアリスはいささか眠くなってきて、夢見心地で呟き続けました。「ねこ こうもり たべる?、ねこ こうもり たべる?」気がつくと「こうもり ねこ たべる?」とも。アリスにはどちらの疑問にも答えられなかったので、合っていなくてもどうでもよかったのです。だんだんと自分が眠り込んでいくのを感じ、うつうつと夢の中でダイナと手を繋いで歩いて、彼女は熱心にこう尋ねます、「さあ、ダイナ、正直に言って、コウモリを食べたことがあるの?」と突然、ドシン!、ドシン!、彼女は小枝や枯れ葉の山の上に落っこち、そこで落っこちるのも終わりになりました。
 アリスはかすり傷ひとつ負わず、すぐに飛び起きました。上を見上げましたが、頭上は真っ暗でした。目の前にはまた長い通路があって、あの白ウサギが慌てて駆け下りていくのが見えました。ぐずぐずしている暇はありません。アリスは風のように走り出し、ちょうどウサギが曲がり角を曲がりながら「ああ、耳もヒゲも、みんな遅れちゃうぞ!」と言うのを聞きました。その角を曲がってウサギに近づいたかと思いきや、ウサギは見当たりません。気がつくとそこは、天井が低く、長い広間で、屋根からぶら下がった一列のランプで照らされていました。
 広間はぐるりとドアがいっぱいがありましたが、その全てに鍵が掛かっていました。アリスは全てのドアを調べようと手前のドアから調べ、一周するように反対側のドアへと戻ってくると、しょんぼりしながら広間の真ん中へと歩き、いったいどうしたら外へ出られるのだろうと考えていました。
 気がつくとそこには、固いガラスばかりでできた小さな三本脚のテーブルがありました。テーブルの上には小さな金色の鍵以外には何もありません。アリスは真っ先に広間にあるドアのうち、どれか一つに合うだろうと考えましたが、残念!、鍵穴が大きすぎるのか、それとも鍵が小さすぎるのか、どちらにせよどのドアも開きませんでした。
 しかし、もう一度ドアを調べて回ってみると、先程は気づかなかった低いカーテンを見つけ、そしてその向こうには高さ38センチほどの小さなドアがありました。鍵穴に小さな金色の鍵を入れてみると、なんと嬉しいことにぴったりと合うではありませんか!。
 アリスがドアを開けてみると、ネズミの穴ほどの小さな通路が続いているのがわかりました。ひざまずくと、そこには今まで見たことが無いような綺麗な庭園が目にはいりました。彼女はさっさとこの暗い広間から出て、美しい花壇や涼しげな噴水の間を歩きたくてたまらなくなりました、だけどそのドアから頭を出すことさえできません。「それに、たとえ頭が通り抜けたとしても」かわいそうなアリスは考えます。「肩が通らないんじゃあ、何の役にもたたないわ。ああ、この体が望遠鏡みたいに縮められたらいいのに!。初めの方さえわかれば、わたしにもできると思うんだけど」お分かりのようにこのところおかしな事ばかり起こったので、できないことなんて何もないんじゃないのとアリスは思い始めていました。
 小さなドアの側で立っていても仕方がないので、彼女は他に鍵がないか、できれば望遠鏡のように人体を縮める方法が書かれた本が見つかったりしないかなと期待しつつ先程のテーブルの所へ戻りました。するとテーブルの上に小さなビンを発見しました(「こんなもの、さっきはなかったわよね」とアリスは言いました)。そのビンの首には『わたしをのんで』と大きな文字で美しく印刷された紙の札がくくりつけられていました。
 『わたしをのんで』とは大変結構なことですが、でもお利口なアリスは素直にそんな言葉に従う子ではありません。「まずは調べなきゃ」と彼女は言いました。「『毒薬』かどうか確かめないと」というのは彼女は以前子供達が登場するいくつかの面白い童話を読んでいて、その童話では、ある子供達が友達に教わった単純な規則(例えば真っ赤に焼けた火かき棒を長い間持っていると火傷するとか、ナイフでとても深く指を切るとたいていは血が出るとか)を守らなかったばっかりに、火傷をしたり、野獣に喰われたり、そのほか酷い目にあったりしていたのです。『毒薬』と記されているビンをたくさん飲むと、遅かれ早かれほぼ間違いなく困ったことになる、と彼女は童話の内容を決して忘れてはいませんでした。
 しかしそのビンには『毒薬』と記されてはいなかったので、アリスは思い切って味見をしてみました。するととても美味しかったので(実際それは、チェリータルト、カスタード、パイナップル、七面鳥のロースト、トフィー、それに焼きたてのバタートーストを混ぜ合わせたような味だったのです)、たちまち飲み干してしまいました。

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 「ヘンな感じ!」とアリスは言いました。「きっとわたし、望遠鏡みたいに体が縮んでいるんだわ」
 実際その通りでした。今の彼女の身長は25センチしかなく、あの小さなドアを通り抜けて綺麗な庭園に入るのにちょうどいい大きさだ、と彼女は考え顔を輝かせました。でもまずはもう少し待って、もっと体が縮むかどうか見ることにしました。何だか心配になってきたのです。「だってそうでしょう」彼女は独り言を呟きました。「ロウソクみたいに消えてなくなっちゃうかもしれないじゃない。そしたらわたし、どうなるのかしら?」彼女は吹き消された後のロウソクの炎がどのように見えるのか、想像してみました。というのは今までそんなものを見た覚えがなかったからです。
 しばらく経ってこれ以上何も起きないことがわかると、彼女は直ぐに庭園へ行こうと決心しました。でも、なんてかわいそうなアリス!扉の所まで来てみると、あの小さな金色の鍵を忘れてきた事に気がつきました。テーブルの所に戻ってはみたものの、ちっとも鍵まで手が届きません。ガラス越しに鍵ははっきりと見えていました。一生懸命にテーブルの脚の一つをよじ登ろうとしたのですが、滑って上手く登れません。力尽きた彼女は可哀想に、座り込んでわーっと泣き出してしまいました。
 「もう、泣いていたってしょうがないじゃないの!」アリスは少し厳しい口調で自分に言いました。「今すぐ泣くのをやめなさい!」彼女はよく、自分に立派な忠告をしたり(それに従うのはまれでしたが)、時には自分を厳しく叱りつけて、目に涙を浮かべることさえありました。あの時なんて、自分相手にやっていたクローケーの試合で自分を騙したといって、自分の耳をぶとうとしたことだってありました。というのも、この風変わりな子は一人で二役をやるのがとても好きだったからです。「でも今はそんなもの何の役にも立たない」かわいそうなアリスは考えました。「だって、わたし一人前の大きさだって残ってないもの!」
 やがてテーブルの下にある小さなガラスの箱が彼女の目に留まりました。箱を開けてみるとそこにはとても小さなケーキが入っていて、ケーキの上には『わたしをたべて』という文字が、レーズンで美しく書かれていました。「そうね、食べてみるわ」とアリスは言いました。「これで大きくなれば鍵に届くし、小さくなればドアの下をくぐれるし、どっちにしてもあの庭園に入れる、何が起きても平気ね!」
 彼女はケーキを少し食べて心配そうに「どっちかしら?、どっちかしら?」と呟き、手を頭のてっぺんにのせてどう変化するのか確かめようとしましたが、いつまでたっても同じ大きさのままだったので彼女はとても驚きました。もちろん、普通はケーキを食べるとこうなるのですが、アリスはヘンテコな事ばかりが起きるように期待する癖がすっかりついてしまっていたので、当たり前の日常が続くことはなんとも退屈でばかばかしいことのように思えたのです。
 そこで彼女は気合を入れて、たちまちのうちにケーキをたいらげてしまいました。

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