幸せを呼ぶ法則

思索を重ね、幸福について探求したラッセルがたどり着いた結論とは何か。
現代社会に生きる悩める人達に向けて書かれたラッセルの『幸福論』のパロディ本。


著者:パーットヤラント・ラッセル
訳者:ponomakarera


目 次

著者まえがき
第一部 幸せの探究
 1 人が幸せを感じる時
 2 熱意
 3 愛情
 4 家族
 5 仕事
 6 努力と自己顕示欲
 7 幸福なひと
第二部 不幸の探究
 1 人が不幸を感じる時
 2 自殺の論理
 3 競争
 4 嫉妬
 5 罪の意識
 6 世間への恐怖
贖罪



※以下は本商品のサンプルです。

 
第一部 幸せの探究
 
1 人が幸せを感じる時


 幸せについて考えてみた場合、幸せとは客観的な指標により成り立つものではなく、当人の受け取り方次第で変わるという事はあなたも納得してくれるだろうと思う。例をあげよう。ある男Aは神童と呼ばれる程非凡な才能の持ち主で、人々が難しいと感じる事をいともたやすく解決する事が出来た。Aは幼少期から着実に成功の道を進み、大人になったAにとって大金を得るのは造作も無いことのように思えた。Aはフィクションのような存在で、頭が良ければ顔もスタイルも完璧、女性がAを放置することは無く、異性関係に事欠くことは無かった。人々はAが体験する日常を羨んだが、Aは日常を幸せとは感じていなかった。幼少期の頃、Aは親の期待を一身に背負い、またAもその期待に応えようとした。Aの非凡な才能が発揮される度に環境は変わっていった。Aは常に称賛を受けるが、彼の周りに集うのは評価する側の大人達であり、同年齢の子達はAの非凡な見識、共通認識の隔たり、または嫉妬心から、Aの元から離れていった。異性に不足しなかったAだが孤独を払拭する事は出来なかった。Aと関係を持つ女性達は、Aの才能、身体、地位、名誉に惹かれ、Aの全てを愛しているように振る舞うが、Aは不満気に女性と別れては、また新しい女性と関係を持つという事をひっきりなしに繰り返していた。
Aが欲しかったのは普通になれる才能と、何の取り柄も無い自分を愛してくれる本当の愛情だった。周囲の人間達が称賛する物はAにとっては表層的な物であり、彼の内部まで深く言及する者は誰もいなかった。Aは孤独を癒すために、財産も地位も名誉も捨てて、どこかへ消えて行った。
 もう一つ例をあげよう。ある女性Bは自分の事を不幸な人間であると認識していた。というのもBが子供の頃、家庭は貧乏であり、友達と行動を共にする際には一般家庭との環境の違いを感じる事が頻繁にあった。好きな服を買ってもらえず、旅行をする余裕は無く、自分の学習環境に投資することは無い。Bは自分の容姿にもコンプレックスを持っていた。標準的な容姿に到達せず、自分はブスの範疇であると自己評価していた。環境が恵まれている同級生に対しては嫉妬し、美人には粗探しを、自分の容姿以下だと判定した人には仲間意識を演出しつつ内心侮蔑の言葉をかけていた。Bは常に他人と自分を比較していた。高校を卒業後に就職、暫く働いていると、Bはある男Cに告白される。恋愛経験の無かったBにとって告白されるのは思いがけない出来事であったが、浮かれる事はなかった。というのはCは「顔はブサイクで低所得」と女性に自慢できる存在ではなかったからだ。しかし、この歳になって恋愛経験が全くないというのは非常にまずい状況だと判断し、Bは妥協してCと付き合い始めた。Cはうだつが上がらない男だったが、Bに対しては情熱的だった。なけなしのお金をはたいてはBにプレゼント等を買ってあげた。その後、CはBにプロポーズした。Bは全くCに惹かれておらず、拒否しようとしたが、今後自分がプロポーズされる機会が訪れるのだろうか、と考えた。独身のまま既婚者達から笑われる人生と、夫は低所得だが家庭を築いている人生、どちらがましかと考えた時、後者の方が良いと判断し打算的にCのプロポーズを了承した。
余裕の無い生活の中で献身的に自分を支えてくれる夫の背中に視線を送りながら、Bは自分の人生を俯瞰してみた。もし子供の頃にお金のある環境で育っていれば、もっとましな人生を歩めただろう、もし私が標準以上の容姿であれば、この男とは結婚しなかっただろう。自分は不幸だと再認識するとともに、ほんの少しでも優位性を保つために、Bは独身女性を叩く行為に勤しみ始めた。
 さて、AとBは架空の人物であり、現実の人間にこの例を当てはめるのは不適切かもしれないが、この例から導き出されるのは、Aが不必要だと思っていた要素はBにとっての幸せであり、Bが全く気にも留めていなかったものはAが希求していたものだったという事だ。もしAとBがお互いの立場を交換できるのであれば、彼等は喜んでするだろう。幸せかどうかは当人達が決定しているため、自分が幸せだと思っている事は、他人も同じように感じるとは限らないし、逆に自分が不幸だと思っている事は、他人も同じように感じるとは限らないのだ。
 上記の例について疑問を抱いた人はいるかもしれない。この例は結論ありきで現実には適用されない、例えAのような人物がいたとしても、今時愛情に対して真摯な人間がいるだろうか、Bは極端な例でミソジニーをこじらせているような感覚さえあると。しかし、人とは複雑で一概に語る事は出来ないとしながらも、我々の思考、言動はある基準にそって形成されている。でなければ性格という言葉、概念が生まれるわけがない。Aの例の場合、人より優れた才能という要素が彼の環境を決定し、彼の欲求は人とは違うものへと変質した。Bの場合は様々な要因から自尊心の低さと、人と自分を区別する性格が形成されたと考えられる。現実の人間も同じようにある規則性にそって性格が形成される。そして形成された性格はちょっとやそっとでは変化しない。そこでは受け取る情報に対しての反応は固定化され、行動はパターン化され、価値観も固定化される。上記の架空の人物達にリアリティがあるかはどうかは置いておくとして、彼等の行動様式は現実の世界の我々にも共感を得られる話ではなかろうか。
 少し趣を変えて話そう。あなたはこういう話を両親からされた事はないだろうか、「食べたくても食べられない国の人達がいるのよ、好き嫌いせずに食べなさい」、あるいはこういうのはどうだろう、「世の中には食糧を得る事が出来ず餓死する人間がいる。にも関わらず我々はコンビニなど売れ残った食べ物を平然と廃棄している。捨てられていく食糧を彼等に配布すれば大勢の命が救われる、我々は人類という大きな枠組みで生活習慣を改めなければならない」、これらの論理は人々の幸福論にまで及び、以下のような言説になるだろう、つまり、「自分達の生活圏よりも酷い生活圏がある、だから現状は幸せ(まし)だと思え」。この言説は一見通用しそうで、上述したAとBの例を鑑みるとおかしなものに聞こえる。まず自分達よりも低い文明レベルに住んでいる人達は必ずしも不幸であるとは限らない。例えば今から数千年後の人類を想像してみよう。私達人類の文明は(恐らく)高度に発達し、出来ない事の方が少なくなっているはずである。仕事は無くなり、完治できない病気も無くなっているかもしれない。仮に数千年後の人類達が私達が今生きている時代を、「なんて凄惨な時代だろう!、死ぬまで働き、しかも病気で命が奪われるなんて!」、と評価された所で、私達は今の時代に生きている事に不幸だと感じるだろうか。例え客観的に不便であろうが、現状に満足しているのであれば不幸であるという評価は当てはまらない。同じことが近代的な国家を持たない部族や、発展途上国にも言える。客観的指標でもって彼等の生活水準がいかに劣っているか論説しようと、彼等が現状に満足しているのであれば、その生活で十分である。逆に生活水準が高かろうが、不満であると感じれば、環境が高度になろうと不満は解消されない。
なのであなたが両親から、「食べたくても食べられない――」と言われた時はこう返すことにしよう、「あなたの意見を正当化するために他国の生活水準を持ち出すべきではない」
あるいは熱心な改革者から、「世の中には食糧を得る事が――」と言われた時はこう返すことにしよう、「食糧を配布し大勢の命を救う事と、我々の生活習慣を変える事は同義とは言えない。早急に生活習慣を変えるのではなく、検証が必要である」
(続く)